ゆたんぽを抱いて寝る。

ゆたんぽを抱いて寝る。

猫のこと、本のこと、アニメのこと、野球のことetc...思いついたまま、気の向くままに。

ゆたんぽを抱いて寝る。

花は咲く

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林檎の花、まっきーの名曲です。

 

あれから8年

宮城県沖で発生した巨大地震とそれに伴う津波被害、原発事故etc...

甚大な被害をもたらした東日本大震災から、今日でちょうど8年目。

8年って言うとながいですね。

小学校に入学した子が中学校3年世になるくらいの長さです。

 

当時、筆者は震災とはあんまり関係のない地域に住んでいました。

ちょうどその日は休みで、友達と外で遅めの昼食を摂っていた時だったと思います。

ミシミシッという音がして、それなりに長い時間揺れました。

でも、それっきり。

まさか遠く離れた東北の方で大変なことになっている(正確には津波が来るのはもうちょいあとですが)とは露知らず、お住まいの地方にも小さな津波が来るかもしれないと聞いて「じゃあ見に行こう」と今思えば馬鹿だなこいつみたいな思いつきで海沿いまで車を走らせました。

結局津波らしいものは見れず、ただそこそこ大きな地震だったので家で大人しくしていようということになり、家に帰ったんです。

アパートの部屋は元から泥棒が入ったんじゃないかってくらい酷い荒れようの汚部屋だったんでなにか倒れてきていても気にならなかったんですけど、コンポの上においていた時計が落ちて電池が外れていました。

振り返れば、それが地震発生の時間だったんですよね。

この時点で既に地震のことは頭から抜け落ちていて、2日後に控えた人生初のJIMANGさんのライブの準備とか、その翌日行くつもりだった博麗神社例大祭に思いを馳せていました。

そしてネットを開き――言葉を失いました。

 

そこに写っていたのは、仙台を襲う巨大な津波の映像。

それも、つい数分前の映像でした。

地震発生から1時間以上経過して、初めてことの重大さに気が付きました。

実家に電話をかけても繋がらない。

地元の友人も同じく繋がらない。

分かっているのは震源地が宮城沖で、宮城、岩手が酷いということ。

それを見て少し安心しましたが、その後も次々津波の続報が入ってきます。

 

最終的に飛行機はもちろん欠航したしライブもイベントも全部中止になりました。

というか、もし予定を早めていたら自分も被災していたかもしれないと思うと、こんな事を言うのもなんですがラッキーだったなと思います。

停電もしなかったし、電気もガスも水道もネットも普通通りに使える環境にいましたから。

 

結局実家とはその日の夕方には連絡が取れ(メールは送れたんですが、通話はダメでした)、全員無事だということが分かります。

それ以降は、なんだか毎日暗いニュースばかり流れていたような気がしますね。

筆者は見たくないんでずっとニコニコ動画を見てましたが、良いか悪いかは置いといて震災に関連していろんな動画が上がったのを覚えてます。

ぽぽぽぽーんとか懐かしいですね。もう8年前ですって。

 

筆者は不謹慎厨も不謹慎厨って言葉もほんっと大嫌いなんですけど、別にみんな不謹慎なことをやってるつもりはないんですよね。

少しでも楽しいことをやってみんなで笑おうっていう、ただそれだけなんですよ。

そりゃあ筆者も実際現場にいたわけじゃないんで、安全圏から物を言ってるだけなのかもしれないです。

でも、それを見てクスッとなってくれた人が一人でもいれば、それで良いんじゃないのかなって思います。

むしろ、そういうのがあったから今もこうして「あの時こんなことがあったね」って振り返れるんじゃないでしょうか。

こういうのもありましたね。大佐殿、ご支援痛み入ります。

 

もちろん忘れたいことだって当事者はたくさんあることでしょう。

でも、嫌なことを忘れて風化させちゃったらダメです。

嫌なことがあったから全部忘れてなかったことにするんじゃなくて、辛くて大変だったけどこういうこともあった、っていう少しでも楽しい思い出が1つでもあれば全然違ってくる。

筆者はそう思います。

Jさんのお歌聞こうね

 

たまにはこういう真面目な記事があってもいいよね?

震災からしばらくして、いわゆる「被災地」に移り住むことになりました。

死亡災害こそなかったとはいえ、来た当初は本当に酷い有様でした。

海岸沿いの建物は軒並み半壊か全壊状態。

岸壁から100メートルも離れたところに流された漁船が逆さまになって転がったままのものもありました。

被災した倉庫は湧いた虫とカビのニオイでマスクをしていても吐き気を催すくらいの状態だったといいます。

仮のゴミ集積場所として用意された埋立地は半年も経たず満杯になり、それから拡張を続けながら少しずつ処分していき、完全になくなったのはつい3年ほど前でした。

比較的被害の少なかった筆者の地域ですらこうですから、まだまだ復興が追いついていないところはたくさんあります。

これ、阪神大震災で被災した地域がそうなんですけど、仮設住宅だって無限に住んでいられるわけじゃないんですってね。

いずれそこを出なきゃいけない人がいます。

それでも、行き場のない人がたくさんいます。

 

なんてことを書いてますが、偽善ぶるつもりはないです。

だって普段はそんなこと考えてないですもん、そこに住んでる人じゃないし、というのが本音です。

だけど、年に1度、今日くらいは被災地のことを想ってみるのもいいかもしれない。

何かしようとか手を差し伸べようとか、そんなことまでしなくていい。

ただ1年に1回だけでも思い出す人がいれば、風化はしないと思います。

たまにはこういう真面目な記事があってもいいでしょうか?

明日はきっといつもどおり中身のない記事になりますのでよろしくどうぞ。

みんなでぽぽぽぽーん!

 

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