ゆたんぽを抱いて寝る。

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猫のこと、本のこと、アニメのこと、野球のことetc...思いついたまま、気の向くままに。

自作を宣伝しまくるラノベ作家に言いたいことがある人に言いたいこと

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有名な宣伝カー

 

数日前にどっかで同じようなタイトルを見かけたような気がしたそこのアナタ。

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数日前、彗星のようにnoteに現れた新規エントリ。タイトルは「自作を宣伝しまくるラノベ作家に言いたいこと。批評を許さないラノベ作家に言いたいこと。」ですって。まぁーなんともバズりそうなタイトルですこと。

note.com

実際どのくらいのPV数になったのかはわかりませんが、おそらくこのたった1記事だけで弊ブログの月間PVを遥かに上回る数字を叩き出しているんだろうなと思うと、よしそれじゃあ俺も一念発起して世の中の世相に切り込んでいくか! なんて思ってしまいそうですね。

 

まぁ、筆者が切り込める程度の世界情勢なんてのは何故か毎年似たような人がどこかの新入社員や新人OLや新米ADになって紆余曲折を経てAVに出演してる謎についてくらいですが……このあたりはなんだか闇が深そうなのでやめておきましょうか。えぇ、それがいい。

でも、せめて販売ページに女優の名前くらいは書いて欲しい。そうじゃないと探せなくなるんです。

 

えっ、ガチの素人なんだから女優じゃないだろって?

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馬鹿なことはさておき。

一応、筆者も件のエントリは一通り読みました。

真っ向から否定するつもりはありませんが、勿論賛成はしません。むしろライリー氏の考えには否定的な立場であるということはここでハッキリとさせておきます。

本記事では、幾つか気になった部分があったので少し触れておきたいと思います。

 

評価やレビューなんてやってる人間のほうがマイノリティーなんです

「買った作品が面白かったら読者は高評価、または宣伝をします」とライリー氏は述べていますが、この部分に筆者は非常に引っかかりを覚えます。なぜか。それは、その人がどれだけ面白いと感じようと、素晴らしいと評価しようと、それを他者に見える形で評価、もしくは宣伝するという人はその中のほんの一握りだからというのが一点。そして、それらが他者に与える影響は決して多くないというのがもう一点です。

1つ目について。読者諸兄の中で、自分が好きな漫画や小説をブログやTwitter等誰にでも見えるような媒体を使って宣伝したことがある人はどれくらいいるでしょうか。筆者はご覧の通り趣味でブログをやっていて、日々のネタにもなるし自分が面白いと思った作品は売れて然るべき、もっと売れて欲しいと思っているので感想という形で宣伝をします。でもね、自分で言うのもなんですがこんなことやってるのなんてほんの一部、その作品、その作者の熱心なオタクだけなんですよ。そして多くの人はそんな宣伝なんて見もしないというのもまた然り。誰が好きでわざわざ個人のTwitterやらブログやら見て本を買う買わないを決めるっていうんですか。Amazon等々のレビューも同様です。むしろ、こっちのほうが筆者は敷居が高いまであります。あんな世界中の本当に誰もが簡単に目にしてしまう所に評価を残すなんて余程のことがない限りやりませんし、実際筆者はAmazonのレビューはおろか評価の星すら付けたことがありません。

2つ目について。あなたが気になっている漫画や小説、ゲームがあったとしましょう。ライリー氏の論から言えば「つまらない作品でも宣伝力が強ければ売れる」らしいのですが、ここで筆者は皆さんに問いたい。書籍を買うのに、見ず知らずの人のレビュー見るんですか。他人の評価が購買基準になるんですか、と。ゲームの場合はゲーム性や操作性、難易度と言った要素があるのでちょっと違うかもしれませんが、漫画や小説を買うのにいちいち他人のレビューを当てにするという、その姿勢が筆者には疑問でなりません。それって、言ってしまえばネタバレ見て面白いと思ったら買う、っていうのとなんにも変わらなくないですか? ライリー氏の文面から、少なくとも筆者はそう感じました。

 

素人の感想文を大仰に評価だレビューだなどとカッコつけるな

ライリー氏は「読者に作品をつまらないと評価する権利を与えて欲しい」と主張しています。どうやら氏は「批判、批評を許さない空気」を感じているらしく、そういう「作家や編集者の心ない意見によって」読者である自分の心が折れてしまっていると、そういうことを嘆いているご様子です。

なんというか、うん。こういう人を見かけると、怒りとか憤りとかそういうものよりも、かわいそうな人だなって思ってしまうのは筆者が年をとった証拠でしょうかね。

勘違いなさっているようですが、別に誰も批判や批評をするななどと言っているわけではありません。「自分の作品の批判は許さない」などという作家がいたとしたらそれはただのわがままです。作品があって、それを読み手がどう受け止めようがそれはその人の自由なのです。筆者があぁこの人はかわいそうな人だなぁと思うのはそこじゃなくて、自らの独断と偏見によるただの好き嫌いにしか過ぎない価値観を「評価」だの「レビュー」だのと謳った挙げ句、まるで自分が専門家にでもなったつもりで人様の創作物に点数を付け、それを恥ずかしげもなく公開してしまっている点。ここに尽きるのです。

氏は、「読者(ここではおそらく自分)に作品をつまらないと評価する権利を与えて欲しい」と訴えています。「評価」とは一体なんなのか。辞書をひくと

1.品物の価値を決めること。また、その価格

2.事物や人物の、善悪・美醜などの価値を判断して決めること。

3.ある事物や人物について、その意義・価値を認めること。

とあります。

1については一冊680円の文庫本なのだとしたら、680円と決まっているので改めて評価する必要はないでしょう。「つまらない」と「評価」するということですから、ここでは3の意味合いでの「評価」と読めますね。つまり氏は「読者である自分は、その作品の持つ価値について、つまらないものだと決める権利を与えて欲しい」と言っているわけです。

ふむり。

 

いや、お前なんなんだよ。

そうなるでしょう。ライリー氏が大手出版社のラノベ部門の編集長、もしくは編集者ならばまだ話はわかりますが(それでも一個人に作品の価値を決める権利なんてありませんが)、本文を読むに氏は自称他の人より小説やラノベに明るいだけの普通の人です。そんな人に。

 

失礼。

 

それごときの人に、この需給バランスの崩れた現代日本において編集会議という狭き門を潜り抜け、作家と編集が何度も何度も意見を出し合い、作家が数ヶ月、数年かけて作り上げ、幾度となく修正を加え、やっと世に放たれた作品の価値を決める権利なんてあるはずもなく、当然与えられるはずもないのです。

批判、批評を許さない空気とありますが、これも同じことです。批判や批評は本来、その分野の専門家が作品の良い点や悪い点を客観的に指摘し論じていく行為です。そうなんです。大事なのは「専門家が」「客観的に」論じることなんです。繰り返しになりますが、

お前のような人間ごときに。

 

失礼。

 

あんたのような自分をプロのラノベ読者だと信じて止まない一般人風情がやれ批判だ批評だと、そんな言葉を恥ずかしげもなく口にしていることが筆者からみたら、かわいそうだなっていう気持ちになってしまうわけです。

氏が自分で言ってることですが、所詮かの氏がやっていることは「自分がつまらないと感じた」ことをタラタラと書いているに過ぎないのわけです。点数なんてのはもはや意味がわかりません。その辺の子どもが「今日のハンバーグは100点満点中2億点!」って言ってるのとなんら変わりありません。

それは評価じゃなく、ただの個人の感想。そして、他人の創作物に勝手に点数つけるなんてのは、それは同じプロ同士でもやっちゃいけないことなんです。権利とかそういうレベルの話じゃありません。お互いが気持ちよく過ごすためのマナーの問題です。つまらないと感じたのは大いに結構。だけど、それをわざわざ点数つけてご自身のブログに上げる意味は? 目的は? 自分がつまらないと思った作品を他の人が買わないためにやってるというのであれば、それは大きなお世話。誰も頼んでいないし、作者に対して失礼です。どうしても書きたいのであれば是非ともチラシの裏にでも書いて壁に貼っておいてください。もしくはどうかアンケートハガキにつまらなかったと書いて出版社に送ってください。出版社はアンケート結構見てます。ちゃんとあなたの意思は反映されてめでたくその作品は打ちきりになることでしょう。繰り返しますが、マイナスの感想なんてのは見ていてちっとも面白くないんです。権利云々以前の話なのです。「見(み)ている人(ひと)が嫌(いや)な気持(きも)ちになることは書(か)かないようにしようね」っていうインターネット幼稚園で最初に教わることです。

 

いやお前だってレビュー記事上げてるじゃん、と言われるかもしれません。

違います。

言葉遊びのように思われると非常に嫌なのでハッキリと述べておきますが、筆者が書いているのは決してレビューなどではありません。あれは、ただの感想記事にすぎないのです。ブログという媒体を使って、いかにその作品が素晴らしいかただただ語りたいだけの記事なのです。どちらかと言えば公開ファンレターみたいなものだと思ってくれても構いません。そう言い切れるのはなぜか。それは、筆者が専門家ではないから。そして、感想記事は全て良かったことしか書いていないからです。専門家でない以上、筆者が「面白くないな」と感じたところを書いたとて誰も幸せになりません。見ず知らずの誰かのブログと言うだけで余程のことがない限り読む気なんて沸かないのに、開いてみたら作品の悪いところを指摘してるだけとか最悪でしょう。まかり間違ってそれが自分の好きな作品だとしたら(むしろタイトルから飛んでくる人はそういう人の方が多いでしょう)、お前何様だよってなります。そりゃあなります。当たり前です。

だからブログに載せる記事は頭からお尻までどこを切り取ってもその作品の良いところ、筆者が心を打たれたところを書いているのです。これをレビューだ評価だなんて言うつもりはありません。あくまで筆者の読書記録であり、感想文でしかないのです。

 

 

他にも突っ込みどころは多数ありますが(宣伝してるから面白いんだろうと勘違いして買ってみたら面白くなかったから宣伝やめて欲しいみたいなのはギャグだと思って処理しました)、自分の価値観が客観的な価値観だと思ってしまうというのは非常に危ういものだということは、自分も含め気をつけなきゃいけないなということを読んでいて思いました。

まぁ、件のnoteを読んでいる限りこの人は結局のところ無駄なお金を使わず確実に売れてて面白い作品だけ読んでいたいので、自分に合わない作品が自分のアンテナに引っかかるとノイズが混じって邪魔だからやめてくれって言ってるだけなんですよね。

自分では事細かにレビュー書いてるとか言ってますが、それって結局一時期Twitterで話題になった「人のイラストに勝手に赤ペン入れる」あれと同じか、それよりもっとタチの悪いことなんですよね。だって、プロの作品に素人がケチつけてるのを、さも自分は良いことをしてあげてるんだ! みたいな気持ちでやってるわけでしょう。あまつさえ作者に向かって「私なりに批評させて頂きました。駄文ですが参考になったら幸いです。次こそ面白いと思える作品を作ってほしいです。待っています」と返答したいとか言っちゃうあたり、若さっていいなぁと思う反面、やっぱりかわいそうだなと思ってしまうわけです。

 

まぁ、なんだ。

うん。

勝手に心折れてろ、とだけ。