ゆたんぽを抱いて寝る。

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猫のこと、本のこと、アニメのこと、野球のことetc...思いついたまま、気の向くままに。

ゆたんぽを抱いて寝る。

オリジナルショートショート「お金配り」

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すべてフィクションです

 

「あ、またこのアカウントだ」

ぼんやりとTwitterのタイムラインを眺めていた僕は、リツイートで回ってきた見覚えのあるアカウントに目を留めた。

「毎日お金配り、ねぇ……」

超大企業の創業者にして、総資産数兆円とも言われている超有名ビジネスマンの顔によく似たイラストが目印のそのアカウントは、度々僕のタイムラインに現れる。フォローしているわけじゃない。僕のフォロワーの誰かが、一日に一回必ず彼のツイートをリツイートするからだ。それが、このお金配りという企画だ。

『毎日抽選で100名様に現金10万円をプレゼント。応募方法はこのアカウントをフォローしてこのツイートをリツイートするだけ!』

なぜか宇宙服に身を包んだイラスト付きの、世にも不思議なツイート。本当に10万円当選者が居るのかどうかすら怪しいこの企画だが、リツイートアイコンの隣には見たこともないような数が記されている。それほど10万円が欲しい人が居る証拠だ。

一瞬だけ伸ばしかけた手を、僕は引っ込める。10万円、決して安い金額じゃない。貰えるなら欲しい。でも、この怪しい企画に群がるのはなんだか嫌だった。

「それにしても、一体どんな人がこういう企画に乗っかるんだろう」

そう思ったときには、件のツイートはタイムラインの流れに呑まれて見えなくなっていた。

 

翌日。

バイト先に着くと、いつも僕のことを馬鹿にするリーダーがやけにニコニコしながら近付いてきた。手にしたスマホをチラチラ見ながらこっちにやってくる。いいことがあったのか、それとも嫌味を言いに来たのかどちらだろう。

僕の予想は、しかしあっさりと裏切られる。

「おはよう、篠崎!」

僕は振り向いたけれど、背後には誰もいなかった。そして、バイト先に篠崎という人間は僕以外にいない。つまり、リーダーは僕に向かって声をかけたことに間違いない。今まで一度だって挨拶したことのないどころか、普段から誰に対しても高圧的でいやみったらしなリーダーなのに、唐突にどうしたというのだろう。

リーダーはポカンとする僕に目もくれず、そのままどこかに行ってしまった。

「なんだったんだろう」

あっけにとられる僕が事の真相にたどり着いたのは、休憩時間に入ってからだった。

Twitterを眺めていると、また例のアカウントのツイートがリツイートで流れてきた。そして、それを見て僕はすべてを悟った。

『毎日抽選で100名様に現金10万円をプレゼント。応募方法は

 ①このアカウントをフォローする

 ②このツイートをリツイートする

 ③家族やお友達に挨拶した様子を撮影した動画をリプ欄に貼る

 元気な挨拶溢れる日本にしましょう!』

なるほど、そういう企画だったのか。ということは、リーダーも件のアカウントをフォローして、毎日せっせとリツイートしていたうちの一人だということだ。まさかこんな身近にいるとは思わなかった。なんだか珍しいものを見た気分だ。

再びタイムラインに目を落とすと、件のツイートはもうどこかに消えてなくなってしまっていた。

 

さらに次の日。バイトに向かおうと家を出た僕は、驚愕した。街の様子が一変していたのだ。

「なに……これ」

家を出て最寄りの駅に着くまで、徒歩で約10分。その間にすれ違う人たちの多くが、ポケットに黄色のハンカチやスカーフを入れて歩いていたのだ。それも、なぜか皆一様に黄色のそれが見えるようポケットからはみ出している。そして、誰もがスマホを片手にニヤニヤしながら歩いている。異様としか言いようのないその様子に、僕は背筋が凍る思いがした。

まさかと思いスマホを取り出し、Twitterを開く。

そこには誰かがリツイートしたのか、あのアカウントのアイコンと共にツイートが貼り付いていた。

『今日はなんと全員に1万円プレゼントキャンペーン!応募方法は今日の12時までに黄色いハンカチをポケットから出した姿を写真に撮って、リプ欄に貼るだけ。黄色は幸運を呼ぶ色。幸運を身に着けて1万円貰って、みんなで幸せになろう!』

全員に1万円とはずいぶん思い切ったことをするものだ。なんて感心しているほどの余裕は僕にはなかった。なにしろ、黄色いハンカチをスマホで撮影する人たちで溢れかえっているのだから。集団催眠かあるいは危ない洗脳にでもかかったように僕の目には映った。

「篠崎」

僕を呼ぶ声がして振り返ると、そこには同じゼミの船堀が立っていた。そして、その姿を見てぎょっとなった。

「船堀、お前それ……」

船堀のポケットからは、黄色のハンカチがはっきりと見て取れた。

船堀は満面の笑みを浮かべながら僕に言った。

「あぁ、これか? 知ってるだろう、あの社長のお金配りさ。黄色いハンカチをポケットから出して写真を撮るだけで1万円貰えるんだぜ。お前にも貸してやるから早く撮れよ」

言いながらポケットからハンカチを取り出して僕に渡そうとしてくる。

僕はなんだか気味が悪くなって、逃げるようにその場を後にした。

電車に乗ってTwitterを開くと、さっきのツイートはどこかに行ってしまって見えなくなっていた。

 

昨日の一件は相当な反響があったようで、朝からテレビはお金配りの話題で持ちきりだった。

なにしろ、今まで抽選で100人限定だったのがいきなり全員にプレゼントとなったのだ。しかも、どんな手を使ったのか時間までに条件を達成してリツイートしたアカウントの持ち主全員に、その日のうちに1万円が入金されたという。

そのせいもあってか、参加者の数は劇的に増えた。

なぜそれが分かるかと言うと、テレビでわざわざツイートを取り上げて紹介していたからだ。

『全員に1万円プレゼント第2段!応募方法は今日の12時までに誰かと握手した様子を写真に撮ってリプ欄に貼るだけ。手と手を取り合って、みんなで頑張ろう! #幸せの握手』

どうなったか。もはや語る必要すらないだろう。

どこへ行っても誰かと誰かが握手をしていた。そして、皆それを狂ったように写真に撮り、スマホに必死になって何かを打ち込んでいる。『#幸せの握手』はまたたく間にトレンド世界一位を記録し、そのことがまたもニュースとして取り上げられた。

 

次の日も、その次の日も「全員に1万円プレゼント」企画は続いた。そのたびに町の人達は熱心に応募条件をクリアし、1万円を手にしていく。その内容はどれも簡単なもので、「誰かとハイタッチをする」とか「ゴミをきちんとゴミ箱に捨てる」とかその程度。

誰でも簡単に出来るということがこの企画のミソなのだろう。気付けばあれだけ目についていたポイ捨てされた吸い殻は全く姿を消していたし、レジ袋の代わりにマイバッグを持参する人の姿が当たり前になった。綺麗で理想的な世界になりつつある光景を目の当たりにしながら僕はなんだか薄ら寒い気持ちを覚えたが、それを口に出すことはしない。

お金配りツイートは、今日も回ってきた。そして、あっという間にネットの海に沈んでいった。

 

異変が起きたのは、「全員に1万円プレゼント」企画が30日目を迎えた翌日のことだった。

ここまで来ると、テレビが毎日「今日の1万円」なんてコーナーを作って紹介し始めるのでTwitterを見る必要すら無いほどにお金配りが定着していたのだが、今日は様子が違った。実に30日ぶりに抽選に戻ったのだ。それも、たった20名に。

100人から20人に減ったのであれば確率は5分の1で済む。だけどこれまで30日間毎日1万円が貰えたのが、いきなり貰えなくなるかもしれないという事態になった。人々が眼を見張ったのはそれだけではない。抽選で貰える金額が、今までと比べ物にならない程高額だったのだ。その額、実に1000万円である。おまけに、応募方法は「このツイートをリツイートするだけ」という、最もシンプルかつ誰でもすぐに実行できるもの。

リツイートリツイートを呼び、一時期Twitter社のサーバーがダウンするほどの騒ぎとなった。最終的に当選確率は宝くじの2等くらいにまで低確率となったらしいが、結果がわかる頃には日本のみならず、世界からも注目の的となっていた。

 

これがすべての始まりだったと世界が気付いた頃には、もう既に世界は一変した後だった。

一度1万円を手に入れる喜びを手にした人々は、その煽られた射幸心を簡単に失うことはない。それがどれだけ低確率であろうと、どれだけ常軌を逸した応募条件であろうと応募者は一向に減らない、それどころか増加の一途をたどるばかりだった。

「一分間逆立ちをした状態を撮影した動画を貼り付ける」という応募条件の時は怪我人が続出し一時騒然としたが、怪我をした人が治療費の領収書を撮影してリプライを送ると治療費が振り込まれるという新たな「お金配り」が即座に立ち上がった。

「指定する本を読んで感想を送った人の中から抽選で」という応募条件の時は、全国の書店に黒山の人だかりが出来た。それだけのことがあったにも関わらず、買いそびれた人は出なかったらしい。

「選挙に行って投票した人の中から抽選で」という応募条件の時は、投票率が驚異の70%超えだった。なぜか地盤も推薦も無い新人候補者が多数当選するという不思議な結果になったが、一部の政治アナリスト以外はあまり気にしなかった。

 

あれから数年。

世界は今日も元気にお金を配る人とそれを必死に追いかける人で回っている。毎日抽選だったお金配りはいつしか半日に一回抽選になり、今では1時間に1回抽選になった。1時間毎に多くの人が一斉に同じ行動を取るようになったが、もはやそれを気にする人などいなかった。それが日常風景になってしまっていたのだ。

テレビに例のアイコンが映し出される。

そう言えば、この人がテレビに出なくなり代わりにTwitterのアイコンが表示されるようになったのはいつからだっただろうか。

「みなさん、幸せですか? 1時間に1回のお金配りの時間です。今回の応募方法は――」

いつの間にかTwitterだけにとどまらず、あらゆる媒体から応募可能になったお金配りは、すっかり世界の歯車に組み込まれていた。そして、そこに躍った文字を見て僕は戦慄する。

『1時間以内に✕✕✕から✕✕した人全員に、現金100万円をプレゼント!さぁ、僕と一緒に幸せな世界へ移住しましょう!』

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