ゆたんぽを抱いて寝る。

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猫のこと、本のこと、アニメのこと、野球のことetc...思いついたまま、気の向くままに。

ゆたんぽを抱いて寝る。

遠足気分で仕事に行こう

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唐揚げ弁当

 

今日もお金のために仕事をする

こんばんは、国公立大学の入試倍率情報が出て初めてそんな季節になったのだと感じたLITさんです。

resemom.jp

共通テストと名を変えた初めてのテストを受け、ノーマスク便所立て籠もり男の妨害にも負けず受験生たちは夢のようなキャンパスライフを夢見て出口の見えないトンネルをひた走り続けるわけです。暗く長いトンネルの出口に待っているのは、果たしてめくるめく桜色の明るいキャンパスライフか、あるいはドドメ色の予備校ライフなのか。

しかして桜色のキャンパスライフもいずれは葉桜になり、枯れ木となっていくことは免れず、4年、6年後には大学生から就活生なのか終活生なのかわからない、枯れ木の如く死んだ目をした死屍累々達は今一度新卒者という新芽となるか就職浪人と言う名の土塊となるかわからない就活へと望んでいくわけですが、しかしながら4年間、あるいは6年間というモラトリアムは振り返ってみると非常に楽しい思い出だったなと思う次第です。

さすれば、混迷極める現代日本という魔都に生きる若人に幸あらんことを。

そんなことを、やはり死んだ目をしながら仕事場でPCに向かう筆者は思うのでありました。


土曜日はお弁当の日

我ながら何だろうこの文章という感じです。森見登美彦っぽさを感じつつ、そこまで森見登美彦になり切れないジェネリック森見登美彦みたいなテイストのテキスト。

それはさておき、相変わらず平日は普段の現場で仕事しながら土曜日は古巣の仕事に手をかけるという二足の草鞋生活がいまだに続いてます。もう草鞋も履き替えすぎてすり減って仕方ありません。すり減るのは草鞋の底だけじゃなく、なけなしのやる気すらもすり減りすぎてもう残りがありません。

毎週飲み放題だと思っていた珈琲も、よく考えれば自分で淹れて自分で飲むんだから家でやってることと変わりないじゃんと思ったら特別感も薄れてきてしまったし、仕事自体も完全に昔のカンを取り戻してしまって新鮮味のかけらすら残っていません。

少しでも重い足取りを軽くするべく思いついたのが、「土曜日はお弁当の日」でした。普段、昼食は家に帰るかコンビニで済ませるのが筆者の日常風景。それを、あえて土曜日はお弁当にしようというのが狙いです。もちろん、ちゃんと自分で作って自分で詰めて自分で食べます。職場の人に「おっ、今日お弁当じゃ~んどうしたのいよいよお弁当作ってくれる嫁さんでも見つけたの?」って言われたら輿水幸子に負けないくらい「フフーン」と言ってやることにしましょう。泣くのは後からでいい。

自分で作るから自分の好物ばかり入れても誰にも怒られません。先日もから揚げとスクランブルエッグ、小松菜のおひたしという筆者の好きな物詰め合わせ弁当をおいしくいただいたわけですが、こうして弁当作ると本当に世の中のお弁当作ってる人たちには頭が上がらないなということに気づきます。

メシをちゃんと作るってだけでも重労働だというのに、それを弁当箱に詰めるという作業、空になった弁当箱を洗うという作業。これを毎日やってるんだから本当にすごいなと、週に一度しか弁当作らない身としては思うわけです。

幸いにしてこの「土曜日はお弁当の日」のおかげでクソほど面白くもない土曜出勤も少しだけマシになってます。来週は何を作ろうかなぁ。

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