この時期は牡丹燈籠なんてのもいいですなぁ
昨日のヤクルト二軍試合結果
今日は移動日なので、昨日戸田で行われた二軍の試合でも振り返ってみましょう。と言っても、結果を見返すだけになりますが。
ドラ1ルーキーの木澤が今日は先発だったんですが、5回3失点といまいちピリッとしない結果に。出来れば今シーズン一度くらいは一軍のマウンドで投げるところを見たいんですが、なかなか難しいかなと言ったところ。打線はと言えば、一軍と二軍を行ったり来たりな奥村、西浦がこの日は2安打とそれなりの成績。そして雄平が今期は本当にずっと低空飛行なのが……今年は一軍登録未だなし。なんとか踏ん張ってほしいものです。
12安打3得点はちょっと寂しい。
今や圓生襲名問題も遠くになりにけり
こんばんは、圓生も大事だけど無駄遣いしすぎて財布の中身が炎上しそうなLITさんです。
ネットニュースを見ていたら、円楽師匠が圓生襲名について語ったインタビュー動画付きの記事が出てきました。
三遊亭圓生。落語をちょっとでも触ったことがある人なら誰でも知ってる大名跡です。漫画家だったら手塚治虫、歌手だったら美空ひばりくらいのネームバリューと実力を持った伝説的な存在とでも言いましょうか。
1979年に亡くなって以来、長いこと留め名となっている圓生という名跡。これに関しては、圓生師匠の死後ひと悶着もふた悶着もあったみたいですが……気になる人はwikiを読んだほうが早いと思います。筆者はそうしました。
個人的な見解になりますが、円楽師匠の言葉を借りるならこの「つなぎの圓生」という存在は非常にいいなと思ってます。落語が好きなだけで上手い下手なんてのはさっぱり分からないド素人の筆者からしたら、誰が継ぐとかそんなことよりも圓生という名前を世の中に出す、ということに意味があると思ってます。
名前というのは、一度途絶えてしまうと復活までの間歴史からぽっかりと姿を消してしまうものです。すると、そのぽっかりと消えてしまった間にその文化――ここで言えば落語という世界を知った人にとっては何の意味も持たない名前と化してしまうんです。もちろん、落語を深く知って勉強していくうちに圓生にたどり着くのは容易だと思います。でも、自分が落語という物を知った時どこの落語会にも寄席にも番組表に名前の無い名前というのは、やっぱりどこか遠くの、過去の存在になってしまうような気がしてなりません。
例えば、林家正蔵。これもちょっと調べれば出てくるくらい色々とあって長いこと留め名になっていた名跡ですが、それがどれくらいの熱量で正蔵という名跡がどれくらい凄いものだったのかというのが、いまいちわかってない自分がいます。
長いこと落語を好きでいた人、彦六師匠が正蔵を名乗っていた時代を生きてきた人にとっては正蔵という名跡の重さは分かると思うんですが、やっぱりこうやって間が空いてしまうとどうしてもピンと来ないわけでして。そういう意味で行けば、このまま七代目圓生がずっと現れないまま、例えば20年後に七代目圓生が現れたとして、その時代を生きる落語ファンにどれだけ響くのかという心配があったりするわけです。
だから、円楽師匠が言っていたように「つなぎの圓生」が居てもいいんじゃないか、むしろそういう存在が必要で、そこに実力が伴わずとも圓生という名前を次代に繋いでいける人が継ぐというのは、ひとついい流れなんじゃないかと筆者は思うわけです。
ちょっと本題とは外れますが、そういう意味だと歌ってみた界隈は恵まれてるなぁと思うばかりです。2007年から活動してる人がまだたくさん現役で活動されている。そういう人たちがいるから、当時のことが過去の遺産として仕舞い込まれるのではなく、ちゃんと繋がって今日に至ってるわけでして。
最近のnayutaさんの書く詞は、時間の流れをすごく意識されてるんですよね。これもまた、時を重ね、いろんな経験をして、色んな人と出会って別れてを繰り返してきたnayutaさんが今尚こうして活動してくれているからこそ、1つの長い線になって続いているわけです。14年間という長い歌ってみたの歴史の中でどこを切り取ってもnayutaという歌い手が居る、それを知っている人が居る、それこそが意味であり意義なのだと、そう思うんです。
……まぁ、談志みたいな例外はありますけど。あれは5代目が強烈過ぎたので、色々と希釈してから誰かが継げばいいんじゃないですかね。志らく師匠は要らないって言ってますし、
談志師匠も「志らく? 欲しいったってやらねぇよ。まぁ500万くれたら売ってやらぁ」とか言ってそうですしね。
大山詣り、何度聞いても惹き込まれる傑作です。