ゆたんぽを抱いて寝る。

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猫のこと、本のこと、アニメのこと、野球のことetc...思いついたまま、気の向くままに。

ゆたんぽを抱いて寝る。

ようこそ実力至上主義の社畜業へ

もちろん某アニメとは一切関係ない記事です

 

日本は年功序列社会

日本は、未だ多くの企業が終身雇用&年功序列の企業が多いのが現状です。特に大企業と呼ばれる会社はその割合が多く、良くも悪くも戦後好景気を生き抜いた体制がそのまま令和に持ち込まれているというわけです。

そんな中、若者の多くは声を上げます。

年功序列ではなく、実力主義の給与体系に」

と。

その背景にあるのは、多くの“働かないおじさん”や“窓際社員”と呼ばれる者たちの存在。大した生産性もなく、ただただ残業代を貪り続ける、基本給激高社員たち。彼等勝ち組を目の当たりにした若者が声を上げるのも、当然といえば当然です。ただし、本当に「実力主義」の社会になっても良いのでしょうか。どちらの現場も見てきた筆者からすると、どちらも一長一短だよなぁと思うわけです。

 

実力主義ってことは実力のない連中は一生低賃金だけどいい?

先に言っておくと、前職は完全に前者、現職は軽く後者と言ったところでしょうか。

年功序列のいいところは、なんといってもエスカレーター式に給料が上がること。黙っててもクズでも定期的な昇給はするし、どんなやつでも年齢とともに一定の役職には付けるので、そこそこの給料は約束されます。一方劇的な昇給やスピード出世は見込めないので、本当に実力のある人や人より秀でた人がその生産性や価値に見合った給料がもらえるかというと、必ずしもその限りではありません。実際前職でも「どうしてこれだけ仕事のできる人がこの役職なんだろう」もしくは「どうしてクソほど仕事できねぇこいつが管理職で高給取りなんだろう」と思うこともありましたしね。

一方現職。そもそもの給料が低いのはまぁいいとして、給与も一生上がり続けるわけじゃないと明言されています。人事やってる筆者が言うんだから間違いありません。でも営業で実力出してる人間はしっかりと貰ってるし、手前味噌ながら筆者もこの1年半で三万ほど昇給してます。たぶんですが、1年先に入った他支店の同僚より貰ってます。とまぁこのように、評価に見合った数字もしくはパフォーマンスを発揮すれば給与に反映されるのが実力主義のメリットでしょうか。ただ一方で、仕事のできない人間はずっっっっとそのまま、というのも実力主義の側面です。劇的な昇給チャンスがあるということは、同じくらいずっと給料据え置きの可能性もあるということを、気軽に「実力主義成果主義に」と叫ぶ若い子たちは意識していないのです。あるいは、自分こそがその「評価される側」にいると信じて疑わないのかもしれません。

 

頑張ってるってなんだよ

自分は出来る、そう公言して憚らない人間をたくさん見てきましたが、そういうやつは大抵出来ていないです。仕事が出来てないと言うか、客観視出来ていないのです。組織が求める成果に対してアプローチできているから評価されるわけで、実力主義組織で評価されない彼等は成果ではなく過程に対してアプローチしているだけなのです。彼等の言う「仕事できる」は「仕事できるアピール」でしかないのだということに、残念ながら彼等は気付いていません。そして彼等は口を揃えて言うのです「こんなに頑張ってるのに」と。

頑張りが必ず報われると考える人間が一定数いるのは完全に学校教育の失敗なわけですがそれはまた別の記事で書くとして、頑張ってるってなんなんでしょうか。成果が出せていないなら評価は低くせざるを得ないですよね。成果出して評価されてる人間が不平等を感じて辞めでもしたら、それこそ不利益ですから。そうやって「頑張ってるアピール」だけしていた人間は皆「正当に評価されない」と言って辞めていくわけです。いや正当に評価した結果なんですがそれは。

 

とまぁ、なんでもかんでも実力主義成果主義ってのも、大変になる人は大変だよなぁと最近思うLITさんなのでした。皆さんはどちらがいいですか?

えっ、LITさんですか? そりゃあもちろん、働かないで金だけほしいに決まってるじゃないですk

明日からも淡々と社畜やります、ハイ。

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