ゆたんぽを抱いて寝る。

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大吉原展で吉原の解像度が上がったのまじで良かった

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人生で初めて藝大の敷地に入った

 

廓噺が好きなら一度は行っておきたい吉原というところへ

読者諸兄の中に、周りで吉原に行ったことがあるよーという方が居るとしたら、そいつは大嘘つきなので付き合いを改めたほうがいいと思います。

何しろ吉原という場所は、昭和33年3月31日にその火を落としてしまったのですから。そして66年の時を経た去る5月19日に、筆者は大吉原展でその町並みや賑わいを擬似的に体験してきたという、こういうわけでありんす。

落語の方にも廓噺――吉原を舞台にした噺が幾つも存在します。大門とはなんぞや、引き付けとは一体、遣り手ババァとはどんな生き物か。噺の中にしか、想像の中にしか生きていなかった吉原を、大吉原展は浮世絵や他の展示を使って見事筆者に見せてくれました。

 

吉原栄枯盛衰を解説と浮世絵から知る

吉原吉原と言ってますが、筆者自身この吉原というのがいつ頃出来たものか深く知りませんでした。その、変遷も。

展示で良かったなと思ったのが、この吉原の興りから終わりまでを解説してくれていること。江戸時代の始まりとほぼ時を同じくして吉原は出来たんですね。それも、元々は不当な人身売買を江戸幕府が防止するという目的で。そんな解説と、吉原描きの代表こと絵師喜多川歌麿の浮世絵――それも、解説投影つきで見られるというのが、非常に良かったです。

落語に出てくる「梯子段」やら「引き付け」やらは浮世絵にも表れており、ここをあの登場人物たちはトントントンと登っていったのだなとか、お座敷の様子だとか、落語を見聞きするようになったあとに歌麿の浮世絵を見ると、また違った楽しさに気づけて良かったですね。

 

3Dで見ると更に解像度高くなるな

本展示会の目玉は、なんと言っても3階の展示でしょう。大門を潜り、町並みを抜けると吉原遊郭ジオラマが展示されていました。これがまぁーーーよく出来てる。



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これまで解説文と浮世絵で蓄えてきた知識が、更に色濃くなっていくのがわかります。江戸の侍が、町人がこぞってこの街で浮かれていたのだというイメージが、この模型展示でかなり鮮明になりました。いやぁ、良い展示だった。満足です。

 

文化の変遷って難しいね

開国して江戸が明治へと変わると、吉原は徐々に衰退してゆきます。それは海外諸国からの圧力もあれば日本が世界を見据えて近代化するための取捨選択もあったように筆者には見えました。そして同じくらいに世間の花魁に対する認識や遊郭への認知が江戸三百年の間に変わったのだと、この展示を通して知りました。

その令和6年最新版がきっと、ご挨拶文の「遊郭は人身売買、女性虐待〜〜〜〜」なんだろうなと思ってます。だからといって、吉原という巨大な文化の誕生地、たしかにそこに存在した流行の発信地を全て無視して十把一絡げの遊郭と同じに考えてしまうような風潮は、如何なものかと思います。「吉原には吉原の法がある」お見立てという噺の中でこんなセリフがありますが、決まりと秩序の中で一晩の夫婦ごっこをする。そういう文化が、娯楽がそこにあったという事実を、廓噺と共に大切にしていこうと、そんなことを考えたりもした展示でした。

 

余談


このネッコがめちゃカワだったのと空の青がバチクソエモかったので歌川広重のファンになりました。

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