ゆたんぽを抱いて寝る。

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猫のこと、本のこと、アニメのこと、野球のことetc...思いついたまま、気の向くままに。

ゆたんぽを抱いて寝る。

眼鏡美少女よ永遠たれ

AIに作らせてます。便利

 

春じゃなくたって、出会いも別れもあるんだ

「春は出会いと別れの季節」という認識は、果たして日本人だけの感覚なのでしょうか。例えばアメリカでは、多くの州が9月入学の学校が多いです。そうなると、彼らにとって出会いと別れの季節は夏になるのでしょうか。9月が年度始まりの国で生きてる人からのご意見を、弊ブログは広く募集はしません。そんなことはどうだっていい重要じゃない。

冬にだって出会いもあれば別れもあるわけです。冬の恋愛ソングが多いのは、きっと雪だけが理由じゃないはずです。広瀬香美だって槇原敬之だってきっと冬に出会ったり別れたりしているに決まってます。なればこそ、筆者が冬に眼鏡美少女と出会い眼鏡美少女と別れることになるのもまた、自然であるというわけです。

 

眼鏡美少女=眼鏡を外したらダメ、という派閥とは一線を画しています

座右の銘は〝眼鏡に貴賤なし〟今年の目標は〝眼鏡に正直たれ〟

こんばんは、LITさんです。

誕生日を祝ったり眼鏡美少女を見送ったり、こんな土曜日を過ごす日がくるなんて10年前の自分に聞かせたら目を丸くしそうです。そも、仕事辞めて上京してるなんて話をしても冬至の自分なら驚きそうなものですが。それはさておき。

「国はレーシックを法規制しろ」という名言を後世に残したいつもりのLITさんですが、そりとて眼鏡美少女が眼鏡を外すことを止めるつもりはありません。なぜならば、眼鏡美少女は眼鏡美少女を辞めることが出来ないから。人間、24時間コンタクトレンズを着けて生きることはできません。寝る時は外しますし、お風呂に入る時だって外します。風呂上がりに、寝起きに、あるいは今日は誰とも会うもんかと決意しダル着に身を包んだ日に、わざわざコンタクトを着けるでしょうか。筆者ならしません。そうです、一度眼鏡美少女として生きた以上、眼鏡から完全に逃れることは出来ないのです。であるならば、どれだけコンタクトにシフトしたとて、その本質は眼鏡美少女であると言えるのです。

いやまぁだからこそその大前提を覆そうとしているレーシックは、やはり規制をだな……(やっぱり過激派)

 

去るものは追わず、来るものは拒まずとは言ったものの

お屋敷の話。アキバ店の眼鏡美少女ことやむさんのラストお給仕でした。ほんと、なんの因果かバースデーイベントの裏だったのもあり一時はどうなるかと思いましたが、しっかりきっちりお見送りが出来て良かったなという気持ちと、やはりというかなんというか物寂しいなという気持ちのハーフ&ハーフといったところが、正直な感想です。

彼女とはあの場所がまだ森だった頃に出会い、別れを告げる間もなく道そのものが閉ざされてしまったわけで。別れを言うために戻ってきたわけではないにせよ、再びの邂逅には心が躍ったものです。だからこそ見送るのは複雑な心境ではあったものの、今度はちゃんと見送れたというある種の区切りが出来たのは良かったなと思ってます。

いつも綿菓子のように甘くて可愛い、素敵な眼鏡美少女でした。これからの旅路に、とうか幸多からんことを。今までありがとうございました。

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