ゆたんぽを抱いて寝る。

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猫のこと、本のこと、アニメのこと、野球のことetc...思いついたまま、気の向くままに。

ゆたんぽを抱いて寝る。

人間の研修というのは難しいものだ

内容はいたって真面目な研修でした

 

最近はいよいよ社内研修の講師などもやらされている何屋かわからないおじさんです

今日は先々週に続いて、社内の研修。対象が入社から一年以内の人間なので筆者は当然対象外ですが、社長直々のオファーがあったので心を無にして参加です。まぁ筆者は何をするでもなく、むしろ溜まっている諸々の仕事をやっつけながら時折茶々を入れるっていう自由気ままな役割です。

先々週もそんな感じだったし今日もそうなんだろうなと、むしろちゃんと金が出る休日出勤というものは気分がいいなと思いながら仕事をしていると、

 

社長「ということで、あと30分くらいはLITくんから進めてもらいますので」

 

 

いやいやいやいや、私聞いてない!

どこぞの探偵事務所の所長だってそう叫ぶことでしょう、スリッパを振りかぶりながら。

 

仕方がないので、今日の研修の内容を攫いながら少しだけ真面目なお話をするなど。人前に立って話をするということを随分長い事やってなかったなぁと思いつつ30分ほど話をしたんですが、あれですねどんなことであれ繰り返しやってないと錆びつくものですね。あといつもの詭弁やハッタリや適当なことをそれっぽく言い聞かせて相手を信じ込ませるという詐欺師の常套手段が全部封じられているので非常に困るなどしてました。まぁ即興の割にはそれなりに上手く出来た気がするのでヨシとしましょう、ハイ。

 

人間と喋るという行為は自己の内心を整理するのにちょうどいい。だがプライベートでは絶対にやりたくない

研修が終わったあとはもはや恒例となった飲み会。こいついつも職場で飲んでんな、と思われそうですが社長が酒好きなのでしゃあない。そこで他部署の若い子と話す機会があったんですが、自分以外の人間と話すというイベントはたまにやると面白いもんだなと感じました。

当然のように相手は自分ではない人間なので、自分とは考えがまるで違います。もちろん重なる部分はあれど、重ならない部分は多くて。他者との対話を通じて自己を客観的に観測する……こういうのを問答法と言うんでしたか。すみません、哲学はにわかすぎるので。

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こういう他者との対話という行為、年に数度やっておくのは存外役に立つものだと思っています。筆者は比較的自分自身と対話するというか自分と向き合うということを定期的にやっているのでそこまで必要ないとは思っているのですが、それはそれとして他者との対話によって別角度から自分を俯瞰視するというのも必要なのだなと思ってまして。

ただまぁ、やるなら年に数度がいいところ。それ以上は、というかプライベートで社内の人間と会うという行為は死んでも嫌なんだと強く、確かに感じたのもまた確かです。ここ数年人間嫌いというか人間と接しない心地よさみたいなものが加速度的に進んでいるのは感じていましたが、こうもハッキリと自覚できたのは良いことですね。同僚の結婚式なんて死んでも行かないし、社長の誘いであってもプライベートで社内の人間と交流をするなんてものは筆者の人生に全く必要のないことなのです。だてに友達と積極的に疎遠になり親族の結婚式も全てブッチしてません。徹底します。俺の一人を奪うな。

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