
なりました、と猫も言ってます
なりましたか?
なりましたね。このブログが更新される頃、LITさんは無事にいってれば&UNDERで酒を飲んでいることでしょう。今年の日付が変わった瞬間も&UNDERで酒を飲んでいる――というか恐らく”バカ”になっていたハズですが、次の日付が変わった瞬間も同じように”バカ”になっているのでしょうか。えぇきっとそうに違いない。

無事に振り返り記事もあがり、いよいよ年末感満載の気持ちでこの記事を書いていますが、いやぁーーーー今年もよく遊んだ。そしてよく飲んだ。相変わらず好きと楽しいに全力注ぎすぎて色々とこぼれてる気がしませんが、続けられるだけ続けたい気持ち。
とかく、今年はラジオが占める割合が馬鹿みたいに増えた気がしてなりません。文化放送の改悪大改革によっていろんな番組が終わり、これでゆっくり過ごせると思っていたらですよ。なんですかトカトントンで十数番組立ち上がるって。もうLITさん追いきれません。まさか、去年の今頃こんな未来が訪れてると誰が予想しましたか。
そうねぇ、ラジオと言えば今年は鷲崎さん周りの露出が増えて大変に良い1年になりましたね。トカトントンが本格稼働して、えくぼヶ原瓢夢譚が発売になり、ひとりヶ原を始めとしていろんなイベントが開催されて……ありがたいことに、名もなきただのファンのひとりとしてその場に存在できている。これが一番心地よいのだと、年の暮れに思い耽けるLITさんです。
人格を持ちすぎた名前が自分の手を離れつつある
去年の大晦日の記事を読んでいたら「ちょっとずつ終活している」ということを書いていました。徐々に徐々に、遅効性の毒がちょっとずつ全身を駆け巡るようにゆっくりとした速度で、しかし確実に世界の流れから取り残されている、あるいは世界の流れを見送っている自覚が強くなっています。
その中で何気なく作り上げたなんでもない名前が、いつしか意思を持って人格を形成して、筆者ですら知らない誰かになって歩き出している。そんなことに、1年、2年では気付かなかったあれこれに、5年、6年と月日が経つことで気付き始めている。自分ではない別のなにかになるという遊びをしていたハズなのに、そのなにかがもう自分自身ではコントロールも効かない、名前に肉と骨が付いて自我を持ち始めた何者かとして走り始めてしまっているという感覚が、実のところ大変に気持ちが悪いのです。
「クイズ正解は1年後」ではありませんが、1年後の自分の中に果たしてどれほどの名前が残っているのか。あるいは性懲りもなく増え続けてしまっているのか。ラジオネームに人格を持たせないようにだけはしたい気持ち。
1年の締めくくりに何を言ってんだこいつと思われそうですが、7年目の締めくくりとしてはちょうどよいのかもしれませんね。今のところこのブログを辞めるつもりはありませんので、来年もよしなに。良いお年を。
2025.12.31 LIT拝