
マイミクを始めmixiの機能についてはにわかです
あたしゃこの沈みゆく船と共に沈んでゆくだけさね
タイムラインに突如として躍る「mixi」の文字。
令和の時代に一体何事かと思って見てみると、どうやら「mixi2」なる新サービスがリリースされたとかなんとか。びっくりした、まさか中身そのままそっくり新しいmixiが登場したのかと思いましたが、もちろんそんなことはなく。

よろしそうですね。筆者のタイムライン上でも、幾多ある避難先のひとつとしてmixi2を選んでいる人が一定数いるようです。まぁ実際AIの学習の問題であったりサービス面での様々な問題であったりと色々言われているTwitterさんですが(Xとは頑なに呼ばない)、ぶっちゃけ今の筆者にはこれくらいでちょうどいい感がメリメリと湧いてきているというのが現状です。絵を書くでもない、クソリプとインプレゾンビは現状Chromeのプラグインで制御できている、これならとりあえず他に逃げる必要ないかなという感じで、件のSNSは遠くから見守っていこうと思います。
そもそも、本家mixiは一切通らずにブームが終焉していきましたしね。
mixiは招待制だった時代が一番盛り上がってたらしい話を聞いています
mixi2の登場によって今一度盛り上がりを見せた、mixiという字面。新しもの好きの人が半分、もう半分は昔懐かしmixiという文字に引き寄せられた人といったところでしょう。筆者もmixiという文字の並びそのものは懐かしく感じます。感じるんですが、肝心の中身については一切合切知りません。だって前述の通り使ってこなかったから。
mixi全盛期、つまりmixiがメイドインジャパン初の招待制SNSとして(その頃SNSって言葉があったかどうかは覚えていませんが)日本中を席巻していた頃、筆者の周りでも当然mixiに流れていく動きがありました。ある人は友人から招待され、またある人は他のコミュニティの知り合いから招待され、とにかく「誰かに招待される」という特別感が特別感を生み、瞬く間に「mixiに招待された人間」と「mixiに招待されない人間」に分類された時期が、あの当時たしかに有りました。筆者は圧倒的後者としてキッチリしっかり陰キャキモオタとして生きていたわけで、無論mixiなんざ触れることもなく過ごしていたわけです。
そんなある日、唐突に招待制から登録制に変わっていったmixi。そして筆者は――スルーを決め込みました。今更mixiなんて、という負け惜しみではなく、今尚筆者の中に色濃く残っている「100万人の手垢がついたコンテンツなら、もう筆者の手垢が付く必要はない」というハイパー天邪鬼理論からくるものです。結果、気付くとTwitterブームは見事に終焉し、筆者は今に至ると、こういうわけです。
今回のmixi2が果たしてどれくらいの盛り上がりを見せるのかわかりませんが、このままTwitterが沈みゆくのであれば筆者の発信源は大人しくこのブログだけになりますね。まぁこのブログだっていつまで存在するかわかりませんが、とかくTwitterとはてなブログが消えたらその時はLITさんという人格の消滅だと思ってもらえればわかりやすいですね、ハイ。