琥珀もいいヒロインでしたね
竹葉コウ先生が約10年ぶりに舞い戻ってきた
遡ること11年。デビュー作「再生のパラダイムシフト」で見事ファンタジア大賞“大賞”をもぎ取った竹葉コウ先生。完結から約10年の沈黙を経て、新作を引っ提げて富士見に戻ってきてくれました。それが本作「スパイ≒アカデミー」になります。
各国の諜報機関に知れ渡る伝説的スパイ〈蜃気楼〉は、影の戦争に終止符を打つ重要任務で仲間を逃がすため、死亡した。
二年後。
作戦失敗の責を取らされ、敵国である帝国スパイ養成機関〈クリプトス〉に潜入任務中の仲間の少女たちのもとにエドガー・フランクが唯一人の男子生徒として現れる。
銃弾を避ける動体視力、卓越した射撃能力、盗聴、変装etc.全てを兼ね備えた彼こそ、死んだはずの〈蜃気楼〉だった。
変装科。尋問科。潜入科。戦闘科。狙撃科。電子支援科。装備開発科に所属する元部下の少女たちは、正体を隠し救いにきたエドガーを全力で排除しようとしてきて敵対することに!?
(公式*1より引用)
そんな本作で〈蜃気楼〉が、そしてかつての部下たちがどんな生き方を見せてくれたのか。以降、感想に入ります。
スパイと言えど1人の人間。細やかな機微を描き出す竹葉コウ先生の実力は健在
前作「再生のパラダイムシフト」から感じていたことですが、竹葉コウ作品は人物の心理描写が非常に綺麗で受け入れやすいのが特徴です。
本作ではかつての部下でありヒロインの1人〈琥珀〉と対峙しながらちょっとずつ距離を縮めていくわけですが、〈蜃気楼〉への思いが強い琥珀が少しずつ目の前のエドガー・フランクに心を開いていく様子が見ていて楽しくて。そして2人のある意味歪な関係を丁寧に描いてくれているので、読み進めながらキャラの解像度がどんどん上がっていくのがわかります。
一方で、どこまで行っても琥珀の中には死んだ、それも自分を逃す為犠牲になった〈蜃気楼〉が住み着いているというのが、読むほどに伝わってきます。彼女がスパイとして生きる目的を知ると、より彼女の一途な性格、〈蜃気楼〉への想いがクリアになっていっていくのがわかります(若干過剰気味ではありますが)。
〈蜃気楼〉もそうですが、所詮はみんな年頃の少年少女なんです。どんなに優れた技能を有していたって、悩んでもがいて苦しんで、ちょっとずつ前に向かって進んでいく。こういう等身大なキャラ造形が随所に散りばめられていて、やっぱり竹葉コウ先生上手いなぁと思うなどしました。
どう足掻いても「最強」やっぱ主人公はこうでなくちゃ
前述の通りエドガー・フランクとして琥珀達の前に現れたのは、他の誰でもない〈蜃気楼〉本人です。そりゃあ訓練弾とは言え銃弾の雨嵐の中を踊るように通り過ぎもするし、射撃テストでえげつない成績を叩き出しもします。
かつての部下を相手取って立ち回る時だってそう。的確に相手の弱点を突いて、負ける要素など微塵もない素振りで着実に突破していく。かと言ってチート級のなにかがあるわけじゃなく、しっかりと経験とロジックに基づいた、地に足がついた戦いを見せてくれる。〈蜃気楼〉ってのは、ホントに最強のスパイだったんだなぁ……そう読者に思わせておいて、からのラストです。
いやぁ、ズルい。ここまでしっかりと〈蜃気楼〉の戦い方を印象付けさせておいて、その実殆ど実力を発揮してなかったんですから。正確には2年間死の淵を彷徨っていたせいもあって本気を出せる時間が限られていたわけですが、それでもあの戦いっぷりを見たら〈蜃気楼〉のことが好きになっちゃう。それくらいカッコよくて圧倒的な実力を、最後の最後に魅せつけてくるんだから。
「再生~」からそうでしたが、やっぱり竹葉コウ作品は読者に真っ直ぐ飛び込んでくるキャラクターや世界観が魅力的だなと、改めてそう感じました。10年近く待った甲斐があったというものです。称賛に値する出来栄えに、圧倒的感謝。